2月は例年になく雪が多く寒さが一段と厳しさを増しています お体をご自愛ください(2/17)

今年は例年になく降雪が記録されており寒さも一段と厳しさをましております。傘が一時も手放せない状況です。そこで『傘』について一考察を試みて見たいと思います。


「傘」は、このように雪の多い季節は大助かりですが、雨や日光などが直接当たらないように頭上に広げかざすことにより体や持ち物が濡れない、日差しを遮る等の私たちの日常生活に不可欠な用具となっています。

『傘』は、使用する目的により「雨傘」(あまがさ)、「日傘」(ひがさ)、伝統的な工法・材質で作る傘は「和傘」(わがさ)、西洋の伝統的な工法・材質で作られるのもを「洋傘」(ようがさ)、「こうもり傘」と呼びます。

和傘の歴史は、魔除け等の目的で、貴人に差し掛ける天蓋(開閉できない傘)として古代中国で発明されて、552年に仏教儀式の道具として百済王からわが国に献上されました。時代を経て改良が重ねられ江戸時代に広く普及。明治以降は洋傘の普及で和傘は、急速に利用価値を失います。現在では、雨傘ではなく観光地の旅館や和菓子屋の店先、野点用に固定して利用される程度になりました。

一方「洋傘」ですが、400年前のペルシャやエジプト彫刻画や壁面に残されています。ヨーロッパでも天蓋から傘は発達し富と権力の象徴と言われた時代があります。

開閉式の傘は13世紀にイタリアで作られ、スペインやポルトガルに広がりました。

また、信じられないようなお話ですが17世紀のフランスでは、街中で2階から投げ捨てられる汚物(糞尿)を避けるべく女性には傘が必需品であったとの記録が残されており、おしゃれで通っているパリジェンヌがこんなことをしていたのかと思うとがっかりもします。

他方英国では、18世紀ごろ日傘として開発され雨の日は傘をさす習慣が無く濡れていた。紳士が傘を差して笑われたとも言われているくらいです。

わが国では、1854年米国からペリーが前年に続き浦賀に来航し、上陸した兵士が傘を差し、日本に洋傘が初お目見えし輸入が増えました。初めは輸入した洋傘も1889〜92年頃には国産化に成功し、その後上海や香港に輸出し主要輸出品に躍り出ました。

1898年(明治31年)には、洋傘の国内生産が396万5,000本、1934年(昭和9年)には、生産量が936万本にもなりました。しかし一方で和傘もこの時までは2,500万本作られていました。

戦後は、折りたたみ傘やジャンプ傘が開発され1970年(昭和45年)には、洋傘生産量が7,000万本でピークを迎え、輸出も1,500万本が行われています。その後、85年(昭和60年)のプラザ合意を境にして円高経済が始まり、翌年には国内生産量と輸入量が逆転してしまいました。
1994年(平成6年)には、中国からの輸入が1億本を超え、国産は800万本となりました。

また、近年安価な製品へのニーズが高まり中国製のビニール傘がシェア50〜60%を占めていますし、ビニール傘は、コンビ二等の身近な店舗でどこでも安価に購入・手当てできることから若年層を中心に傘を携帯しない傾向も見られ始めました。 

下記の図は、平成20年の拾得物、遺失物のベスト10です。忘れ物のNO1はやはり「傘」ですね。警視庁に届けられる傘の数は50万本近くになりそうです。

更に忘れ物と諦めずにお問い合わせください。3年前からはインターネットでウエブ検索システムも採用されていますよ。

平成20年の拾得物、遺失物の届出件数
日本洋傘振興協議会
6月11日は、傘の日

順 位 品目
1
2 衣類
3 財布
4 証明書類
5 有価証券類
6 携帯電話
7 かばん類
8 カメラ・めがね
9 貴金属類
10 時計