第56回全国町村議会議長会全国大会開催に出席し先人の努力を偲び敬意を表す

第56回全国町村議会議長会全国大会に出席した衛藤 征士郎衆議院副議長

 第56回目となる「町村議会議長全国大会及び豪雪地帯町村議会議長全国大会」がNHKホ-ルで行われました。 29歳で大分県玖珠町長を2期6年経験している私も全国からお越しの941町村議会議長(町757 村184)の皆様にご挨拶を申し上げたものです。
 明治元年(1868年)に明治政府が誕生し近代国家としての歩みを始めた我が国は近代的地方自治行政を実現するための基盤を整備することを目的として、小学校や戸籍の事務処理を行うため、戸数300~500戸を標準として「明治の大合併」を進めました。明治22年(1889年)4月施行の「市制町村制」により、 明治21年(1888年)に71,314あった町村の数は、1889年(明治22年)には15,820とおよそ5分の1に減少したのです。
 その後、第一次世界大戦、第二次世界大戦を経て「昭和の大合併」は、戦後の地方自治、特に市町村の役割を強化する必要から、中学校1校を効率的に設置管理していくため人口規模8,000人を標準として進められた。1953年(昭和28年)10月施行の「町村合併促進法」および、1956年(昭和31年)6月施行の「新市町村建設促進法」により、 昭和28年(1953年)に9,868あった市町村の数は、 昭和36年(1961年)には3,472とほぼ3分の1になったのです。
 昭和40年(1965年)に制定された「市町村の合併の特例等に関する法律」(合併特例法)が 平成7年(1995年)に大幅に改正され、これにより合併が促進されることとなりました。
 更に促進するために行われた平成11年(1999年)の法改正によって合併は大きく進み、実質的にこの年からが「平成の大合併」と呼ばれるものです。
 地方分権の推進等のなかで、当時の自民党が平成12年(2000年)に示した『市町村合併後の自治体数を1,000を目標とする』という方針を踏まえ、平成17年(2005年)から 平成18年(2006年)にかけて市町村合併はピークを迎えました。
 その後平成22年(2010年)3月末で合併支援策は一区切りとなり、11年間にわたって進められた「平成の大合併」は終了し、平成11年(1999年)3月末に 3,232 あった市町村の数は半分近くにまで減って 1,727 となったのです。
 国主導の大合併は、「明治」「昭和」「平成」と時代を経て3回行われ実に71,314あった自治体数を→1,727にしたのです。先人の努力、時代を見据えた対応に敬意を表するものです。

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第56回全国町村議会議長会全国大会にて挨拶をする石破幹事長