日本人の相撲への想い(8/3)

 相撲はわが国古来の神事や祭りであり同時に武芸であり武道でもある。また、古くから祝儀を得る為の生業として選ばれたものにより「大相撲」という興業が行なわれています。相撲は、日本由来の武道・格闘技・

スポーツとして国際的にも幅広い支持とファンを有しているのです。横綱(江戸時代は大関が最高位だった)には、風格や技が求められ、それらが備わり横綱の品格・威厳と言うものが醸しだされるのです。
   


 相撲道を司るものは、横綱や力士に限らず土俵で品格のない行いや態度に及べば、審判役は四神(玄武、青龍、朱雀、白虎)を表す土俵の柱の収められた太刀で力士を切ってもいいとされたようです。逆に差し違えをした行事は、腹を切らねばならなかったようでそのために自ら脇差を備えたのです。それだけ厳しいしきたりのなかで相撲は取られていたと言うことです。

 興業の点から言えば、観客に見えやすい土俵にと言う計らいで、昭和27年には土俵柱がなくなり吊り屋根、四色の房になったのです。
 古来より神事であり武芸として高められた相撲でありますが、江戸時代文化年間(1804?18年)には見世物気分が大きくなり、興業者も観客も、相撲取り自身も本来の相撲道の意義を忘れてしまったと言われています。こんな瑣末な時代に残るのは見物の無法者、勝ちさえすればよいという相撲取りである。
 
 相撲が心がけが下がる時代には、天下の力士も見世物気分になり実入りが良くなるため身持ちが悪くなるということです。どういう相撲道を歩むか。ファンの離れた心理を再度捕まえることが出来るか。結局はその人がどんな人間であるか、どんな努力 をして汗を流すかにかかっていると言えます。
 揺れる大相撲!ファンの心を早く取り戻さなければならない改革待ったなし!です。
 政治も揺れているが、国民の信を取り戻すため己を見つめなおす機会としたい。