シャーヒン トルコ共和国大国民議会議長が表敬訪問(10/25)

 秋の気配が深まる21日にシャーヒン トルコ共和国大国民議会議長をお迎えしました。トルコは、統計調査によると最も親近感を有する外国人は日本人であり両国の絆は強固に結ばれています。その沿革は、いくつか辿ることができ1889年「エルトゥールル号事件」では、87年小松宮彰仁殿下及び同妃殿下のトルコ訪問において皇帝アブドゥル・ハミト2世に謁見した答礼に89年7月オスマン・パシャ提督率いる総勢650名の使節団を軍艦エルトゥールル号で派遣し90年6月、同提督は明治天皇に拝謁しオスマン帝国の最高勲章を奉呈し帰路に着き神戸を目指しますが、和歌山県紀州沖で台風に遭遇し樫野崎灯台沖合で座礁し沈没してしまいます。

 この海難事故に際して付近の住民が協力して救出に奔走し多くの犠牲者が出た中で69名を救助しました。この救助者を日本国は当時巡洋艦「金剛」「比叡」を出し丁重にトルコに送還しました。日本国の官民上げての手厚い対応はトルコ国民を感激させ、両国に歴史的な友好関係が生まれました。両国の友好の歴史は「エルトゥールル号」に始まるとされています。

     

 トルコ共和国大国民議会議長をお迎えし握手を交わす衛藤衆院副議長


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 また、1910年の「日露戦争」での日本の勝利はトルコで大きく賞賛され、歴代駐日トルコ大使は東郷神社を参拝すると言います。このように同国は非西欧で、歴史と伝統を重んじながら近代化に成功したわが国に対する尊敬の念の表れをこのような形で具現化してくれています。

 さらに1985年の「イラン・イラク戦争」では、イラクがイランを攻撃すると発表しテヘランの250人の邦人救出が課題となるなかで亡きオザル大統領の決断でトルコ航空機2機が派遣され無事脱出を希望した250人が脱出を果たしました。このトルコのご厚意に応え06年小泉首相は、同国訪問時に同航空関係者ら13名に叙勲を行いその労にお応えしました。
 このように両国の危機の際にお互いが阿吽の呼吸で真摯に対応をしてくれている事実を目にして気持ちの通じる会談は終始和やかなムードで進み、シャーヒン議長より日本側の温かい対応に謝意を込められ、先に広島の悲劇をつぶさに視察した議長は、2つの都市だけでなく人類・人道に対する攻撃であったこの行為を忘れることなく対応しているわが国に敬意を込めるとともに核兵器を人類から無くすことを切望しました。
 
 またトルコは目覚しい経済発展を続ける中で、原子力発電や通信サットの打ち上げ等を控えており経済投資環境の整備も着実に行なわれています。この公正な環境のなかでわが国も経済面でも友好関係の輪をさらに拡げて行く事が大きく期待されています。
 
 シャーヒン議長は、1,イランの核開発と2,隣国での戦争は2つの直面したくない問題であるとして努力している姿を如実に表現しました。G20入りを果たした同国が隣国イランとの対話外交を行い、対イラクにおいては復興支援を拡大し中東和平に積極的に関与している姿を垣間見ることが出来ました。
 
シャーヒン同議長を衆議院本会議場にご案内した衛藤副議長

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