ムハメジャノフ カザフスタン共和国下院議長と会談(12/10)

1125日 ムハメジャノフ カザフスタン共和国下院議長の表敬を受けました。

  同国は、1991年の独立後、ナザルバエフ大統領のもと民主化・政治改革を進め075月の憲法改正で議会の権限強化も図られました。石油・天然ガス・ウラン等のエネルギー・鉱物資源に恵まれ2000年以降、平均経済成長率は約10%の急速な経済発展を遂げ、地域唯一の経済大国に成長しました。しかしソ連時代カザフスタン北東部セミパラチンスクで、1949年から40年間繰り返し行われた核実験の結果、周辺の多くの住民が健康被害を被りました。同国がこのような悲劇を踏まえ、「中央アジア非核地帯条約の締結(2009年3月)」を、セミパランチスク核実験場が閉鎖された8月29日を「核実験反対の国際の日」とする国連決議案を提出(2009年の第64回国連総会で採択)する等の努力を行ってきたことを私も高く評価するとともに、核廃絶に向けて今後とも両国で協力していかなければならないことは言うに及びません。
  

  

カザフスタン下院議長.JPG  これに対し、同議長は、日本側の暖かい歓迎に感謝の意を表した後、この機会にカザフスタンについてよく理解して頂きたいとして、同国の概要を説明しこの中で、同議長は、カザフスタンが旧ソ連から引き継いだ当時世界第4位の規模の核兵器を自発的に廃棄した平和の国であると強調され、1991年の独立以来、政治的には複数政党が誕生し、民主主義が定着したことや、市場経済の導入により、2000年以降、経済危機の一時期を除き10%に達する目覚ましい経済発展を遂げたことを明確にしました。

  多民族・多宗教国家のカザフスタンが民族・宗教間の調和に努め、これまで紛争等は生じていないことは大統領閣下を始めとする努力の賜物であり敬意を表するものです。

  第2次大戦後、ソ連に抑留された日本軍人はカザフスタンにも送られ、産業施設や都市の建設に従事させられたが、ソ連時代の抑留資料が散逸し、実情は長らく不明であったが、1991年のカザフスタン独立後にナザルバエフ大統領の命を受け、元軍人で歴史家のアスガンべク・アルダナザロフ氏が独力で資料収集や抑留者墓地の調査を行なった結果6万人の軍人が抑留され、そのうち約2,200人が同地で命を落としたことが明らかになり「記憶の本」としてまとめられ、1994年同大統領訪日時に『友好の証』として日本側に渡されました。

  私も「戦後強制抑留者の処遇改善に関する議員連盟』会長を務めていることからこの誠実な対応には謝意を表明しました。

 

ムハメジャノフ カザフスタン共和国下院議長と固い握手を交わす衛藤副議長


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