平成7年3月1日

2002年ワールドカップサッカーに正式立候補

平成3年6月、2002年ワールドカップ日本招致委員会が発足してから4年の歳月を経て「2002年FIFAワールドカップサッカー(W杯)」にワールドカップ日本招致委員会石原俊会長が正式立候補発表。
平成8年5月のスイス・チューリヒで行なわれる国際サッカー連盟(FIFA)理事会まで全力を尽くすことを国内外にアピール。

国際サッカー連盟(FIFA)ホームページ http://www.fifa.com
2002FIFAワールドカップ記念ホームページ http://www.11plus.jp

記者会見に臨む。左から:長沼健(財)日本サッカー協会会長、衛藤征士郎ワールドカップ招致国会議員連盟幹事長兼事務総長、宮澤喜一同会長、石原俊ワールドカップ日本招致委員会会長 岡野俊一郎同委員長、小倉純二(財)日本サッカー協会副会長

平成7年8月8日午後8時

第56代国務大臣防衛庁長官に就任

第2次村山富一内閣で、第56代国務大臣防衛庁長官として初入閣。
首相官邸で記念撮影に臨む。

防衛省ホームページ http://www.mod.go.jp/

平成7年8月9日

国務大臣防衛庁長官として栄誉礼を受ける

国務大臣防衛庁長官として就任の栄誉礼を受ける。厳粛な式典の中で、気持ちも新たに。

儀仗隊長の先導で観閲を行う衛藤征士郎第56代国務大臣防衛庁長官。

防衛庁正面玄関にて、内局・陸海空自衛隊の幹部を前に儀仗隊の栄誉礼を受ける。

平成7年11月

日米防衛首脳会談

ペリー米国国防大臣と初の「日米防衛首脳会談」に臨む衛藤征士郎国務大臣防衛庁長官。

駐日米国大使館ホームページ http://japan.usembassy.gov/tj-main.html

防衛庁にペリー米国国防長官を迎え、日米防衛首脳会談は開催された。

平成8年1月

「防衛計画の大綱」20年ぶり改定

予算編成を終え「防衛計画の大綱」を20年ぶりに改定。
現場の指揮を鼓舞するため、国会日程の合間をぬって精力的に部隊視察を行う。

海上自衛隊を視察する衛藤征士郎国務大臣防衛庁長官。

平成9年~平成20年

日韓国会議員サッカー大会

FIFAワールドカップ日韓共催が決まり、その機運を盛り上げるべく「日韓両国国会議員によるサッカー大会」を企画、立案した。
森喜朗総監督、衛藤征士郎監督、逢沢一郎キャプテンと三本の矢でチームを鼓舞し戦いの駒を進めた。
初戦は、平成10年10月24日ソウル蚕室オリンピックスタジアムで開催。これまで7回対戦しその対戦成績は、日本の2勝4敗1分け。
さらに、平成19年10月13日には日中国会議員サッカー大会も開催が実現した。
日中韓の三国の国会議員がスポーツで汗を流し、友情の絆を深めている。私の夢がここに結実した。 次なる夢は、日中韓の三ヶ国対抗戦の開催だ。

日韓に加え日中両国の国会議員がスポーツで爽やかな汗を流している。
現在は、「サッカー外交推進議員連盟」(衛藤征士郎会長)として幅広い活動を行っている。
平成19年からは、中国の国会議員との対戦も行ない、10月13日大連で多くの国会議員とともに中国全人代の議員と初対戦を行った。写真中央:衛藤征士郎同議連会長