コラム 今月の話題 政治評論家 足立利昭

政治評論家の足立利昭先生が、長年の記者・評論家経験から、するどい視点で政界を斬る辛口コラムです。
(スケジュールの事情により内容に時期的なずれが生じることもございますが、ご了承ください。)

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ごあいさつ

私は今年8月、80歳の傘寿を迎えました。これまで政治記者として20年、評論家として35年。合計50年を越す永田町最前線の取材活動に、このへんでひと区切りをつけることに致しました。

この間、衛藤征士郎先生の政策機関紙「展望21世紀」(月刊)に、昭和60年1月から政局原稿を書かせていただきました。4半世紀25年間、独稿を連載させていただきました衛藤先生、ならびに衛藤事務所の関係者、そして永きにわたりご愛読下さいました読者の皆様に厚く御礼申し上げます。

平成21年12月吉日

日米同盟より共産中国を重視
決断できぬ黒鳩友愛政権の正体

更新日:2010.01.27

「最後は私が決める」と胸を張って、その実態は「何も決められない」。決断力のかけらもなく、内外の情勢を読む能力に欠け、「オバマ(米大統領)よりオバマさん(福島瑞穂社民党代表)を選ぶ」外交音痴、防衛無策の“ギョロ目の宇宙人”―。
 「国民目線」と言いながら、いつも“ドン小沢一郎”の顔色ばかり見ている鳩山由紀夫首相。9月16日の内閣発足から100日が過ぎた。欧米では、「政権発足後100日間はハネムーン」と言って、穏やかに政権を見守る週間がある。内閣支持率なども御祝儀相場で高い数字が出るものだ。

ところが、夕刊紙は12月17日号(夕刊フジ)が「鳩山Xデー最短年内も」「求心力3ヵ月で一気にダウン」と大見出しで、鳩山政権に見切りをつけた。

米軍普天間飛行場(沖縄県宣野湾市)の移設問題や、自身の故人・架空献金疑惑に加え、天皇陛下の政治利用問題、来年度予算編成、連立与党(民主・社民・国民新)への配慮など、次々と襲いかかる難題に立ち往生してしまうとの見方がくすぶっているのだ。「最短で年内にも」というのは気が早いが、雑誌では数誌が「来年度予算編成成立と引き替えに年度内(3月末まで)辞任説」が有力である。

鳩山内閣支持率、3ヵ月で一挙に48%(朝日)

「基地・経済・献金」―これを鳩山内閣の「3K」というそうだ。かつて「きつい・危険・汚い」を嫌われる職業の3Kと言われたが、これは鳩山内閣の3つの難しい課題というわけだ。発足当初70%台の高率を示した内閣支持率も別表のように月を追うごとに下がり続け、12月7日の読売調査がトップで60%を切り、1週間後のNHKは56%と、ともに発足時から16%も下落した。

さらに12月19日の時事通信が一挙に50%台を切る46.8%に。そして12月21日の朝日も48%と前回(11月)より14%、発足直後の9月からは3ヵ月で23%も下がった。続いて翌22日の産経・FNN調査は、11月より11.5%下落。特筆すべきは、不支持率が前回より13%も増加して40.4%に急上昇したことである。

支持率の急降下は、主として2の3Kについての首相の対応が響いている。とりわけ普天間基地移設問題の決着を年内から無期限に先送りしたことが、有権者に「鳩山は決断できない男」の烙印を押したといえよう。

首相虚偽献金、鳩山は議員辞職せぬのか

鳩山は国民に甘え、かつ根っこからの嘘つきだ。実母から毎月1500万円、年間1億8000万
円ずつ6年にわたって総額11億円もの“こども手当”を受け取りながら、「知らなかった」と言ってのけたのだ。1万円や2万円の話ではない。

しかし、実弟の邦夫総務相があっさりと事実を認め「相応の贈与税を支払う」と宣言したものだから逃げられなくなった。母親と相談して脱税で挙げられないようにそろって「上申書」を検察庁に提出した。

これで鳩山は相続税法違反(贈与税の脱税)という脱法行為の疑いを免かれたつもりだろう。しかし、これで「首相の脱税はなかった」と思う国民はいない。

この件に関する首相の道義的責任は、実はもっと大きいのだ。首相は6年前の平成15年、社民党議員の秘書給与流用事件の際、メールマガジンで「政治家は基本的に金銭にかかわる部分は秘書に任せており、秘書が犯した罪は政治家が罰を受けるべきだ」と述べている。

その前年の14年に自民党の加藤紘一元幹事長の秘書が脱税容疑で逮捕された際には「もし鳩山由紀夫の秘書が同じことをすれば、国会議員のバッジを外す」と言っている。加藤はこのとき議員を辞職している。鳩山は自分の言葉を忘れたのか。政治への不信感を首相自らが高めていることを自覚すべきだ。

吉鳩戦争から3代続く左派・鳩山家

米軍普天間飛行場の移設問題で、鳩山民主党政権は現在の日米合意をキャンセルする考えのようだ。だが「国家間の取り決めは、政権が代わっても一方的に破棄することはできない」のが、世界の常識だ。

ところが、米国が激怒しても、脳天気な“黒鳩非常識ソーリ”は、平気で「日米同盟よりも瑞穂(みずほ)おばさんや噛み付き亀との連立」を優先した。

もともと鳩山は「常時駐留なき安保」論を唱えてきた、要するに「米国より中国」志向、「自由民主主義より左翼・共産主義」志向が“家業”でもある。保守の源流と言われた吉田茂元首相と日ソ国交樹立の祖父・鳩山一郎は、戦後10年間、「吉・鳩戦争」を演じ、昭和29年暮れ、鳩山政権が誕生した。

米国を中心とする米英仏などの自由主義陣営と、当時のソ連、中国などの共産陣営との間の、「東西冷戦」は50年近く続いた。吉鳩戦争の時は、兄の岸信介が鳩山民主党の幹事長、弟の佐藤栄作が吉田自民党の幹事長という兄弟で争った。今回の政権交代では兄の民主党代表・鳩山由紀夫と弟の邦夫が自民党と2つに分かれて闘ったという因縁があった。

しかし吉鳩戦争は翌30年11月、保守合同で終わり、鳩山一郎は初代自民党総裁になった。その17年後、岸の弟佐藤栄作が沖縄の本土復帰を果して首相を引退。後続の田中角栄はその2ヵ月後、外相・大平正芳を伴って北京に飛び、周恩来との間に日中国交正常化を果たした。

自民党政権はさる8月松の総選挙に敗れるまで戦後ほぼ62年間にわたって政権を担当し、一貫して日本の平和と繁栄に尽力した。膨大な財政負担が必要な軍備は極力軽くし、米国の“核の傘”のもとで、日米安保条約による基地を提供して、わが国の安全を保障してきた。

日本を取り巻く東アジアの情勢は、我々が常識で考えるような安全な状況ではない。一応、友好国である中国はもちろん、韓国ともそう親密とは言えないし、北朝鮮は日本国民を多数拉致し、さらに核武装してテポドンなどのミサイルの照準は日本に合わされている。

そういう中で、戦後64年間、日本が戦争のない平和を享受できているのは、日米同盟によって国内に米軍基地を受け入れて、日本の安全と発展に貢献しているからだ。

脳天気・黒鳩宇宙人政権の招待

連立政権内に「非武装中立論」の社民党を抱え、民主党を構成する人材も多くが旧社会党出身者である。鳩山の「常時駐留なき安保論」イコール「反米真中路線」は至極当然の流れではないか。

日中国交回復を成し遂げた田中角栄の秘蔵っ子を自他ともに認める小沢一郎幹事長は最近「米軍は第7艦隊がいれば十分だ」と言ってのけた。角栄没後16年の12月16日いわゆる17回忌の法要に新潟県西山町の墓に詣でた小沢は「私の今日あるのは田中先生のご指導のお陰だ」と記者団に語った。

鳩山政権の構成を見ると、旧社会党・総評(現連合)出身者が多く、党・内閣の主要ポストはこの左翼と、親中国派の田中角栄の子分が占めている。まず衆院議長に横路孝弘、参院議長に江田五月と社会党系を配し、参院の議員会長は日教組出身の輿石東(こしいしあずま)だ。首相官邸の大番頭・内閣官房長官は労組・連合出身の平野博文と左派の重鎮が並んでいる。

内閣には旧社民党の菅直人が副総裁で睨み(にらみ)をきかし、法相に社会党の千葉景子、文部科学相に旧同盟・民社党の川端達夫、農水相は旧社会党で書記長を務めた赤松広隆、経済産業相は自動車総連の直嶋正行で、国家公安委員長に旧民社党副書記長の中井e(ひろし)が就き、極め付きは消費者・少子化担当相の福島瑞穂社民党代表だ。忘れてはならないのは“必殺仕分け人”の元締めとしてスポットが当たった仙石由人・行政刷新相で、悪名高き「何でも反対・社会党」の出身である。

鳩山由紀夫首相、小沢一郎幹事長、岡田克也外相、藤井裕久財務相は自民党田中角栄の子分であり、亀井静香郵政・金融相は自民党の中曽根派から福田派…と転々とした渡り浪人である。

禍根残した小沢の不敬な記者会見
天皇陛下と中国主席の会見

普天間問題をめぐる民主党の対応に激怒している米国に対し、12月中旬、これみよはしに小沢を団長とする民主党国会議員143人をはじめ630人の大訪中団を送りこんだ。そして胡錦涛首席が1人0.3秒間隔で2ショット写真を撮らせた。「まるで朝貢(ちょうこう)外交だとテレビを見ていた憤慨したものだ。

その最中に、中国の習近平・国家副主席が来日し、12月15日に天皇陛下と会見した。陛下との会見は1ヶ月前までに文書で正式申請するのがルールである。だが中国側の申請が来日まで1ヵ月を切った11月下旬だったため、外務省はいったん、陛下との会見は認められないと伝えた。これが主権国家として当然の対応だ。

これに小沢が激怒。「オレの顔を潰すのか」と鳩山を怒鳴りつけた。あわてた平野官房長官が宮内庁に「鳩山総理のお言葉です」と2度にわたって申し入れ、会見を実現させた。

永田町はもとより、一般国民も14日の記者会見を見て怒った。戦前なら「不敬罪」で小沢は罰せられるところだ。読売、産経をはじめ朝日新聞まで読者欄でこの問題を取り上げ、小沢の傲慢(ごうまん)不遜(ふそん)な態度を糾問した。

奈良時代、弓削道鏡(ゆげのどうきょう)という政僧がいた。称徳天皇(女帝)に信頼され「法王」の位を授けられ、やがて皇位をねらったが、藤原一族の意を受けた和気清(わけのきよ)麻呂(まろ)が宇佐神宮の神託を得てこれを阻止。道鏡は失脚した。官邸や宮内庁を恫喝した小沢一郎とダブって見えたものだ。

鬼の居ぬ間に“反小沢”7奉行が密謀

鳩山黒嶋(弟の邦夫が瞑瞑首相の求心力が日に日に低下するなか、民主党内の不協和音を象徴するような集会が行われた。権力者・小沢一郎幹事長が630人の大デレゲーションを引率して中国訪問中の12月10日、「黄門様」こと渡部恒三・元衆院副議長を囲んで、小沢と距離を置く仙石吉人らを筆頭に、党内の実力者「7奉行」が参集したのだ。“闇将軍・小沢”が居ぬ間の会合だけに「反小沢勢力」の密謀との憶測も流れている。

かつて渡部が自民党竹下派に所属していた当時、「竹下派7奉行」といわれた実力者たち、梶山静六、橋本龍太郎、小渕恵三、羽田孜、小沢一郎、奥田敬三、渡部恒三の7人である。前3人は自民党に残り、羽田以下4人は離党したが、梶山、橋本、小渕、奥田の4人は既に故人となり残る3人は民主党で現役である。しかし羽田、渡部とも小沢とは距離を置く存在である。

会合の名目は渡部の慰労と忘年会だが、小沢の留守中の会合だけに「小沢を牽制する意味合いがあるのでは」と見られている。メンバーは仙石のほか岡田克也外相、前原誠司国土交通相、野田佳彦財務副大臣、玄葉光一郎衆院財務金融委員長、樽床伸二衆院環境委員長、枝野幸男政調会長の7人だ。党の将来を担うホープという期待を込め、渡部が野党時代に「7奉行」と命名した。“ポスト鳩山”へ地ならしの一環として「渡部派結成」かの声があるが、渡部自身にカリスマ性がないのが気がかりだ。

平沼らも復党し、自民再生へ総力結集を

今年8月30日の衆院選で自民党は、解散前の308議席から119議席と38%に減った。長期政権が倦(あ)きられたこと、3年間に3人の首相が交代したことに国民が呆れ、失望した有権者が自民党を懲らしめようと動いたのが効きすぎたのだろう。

一方、「政権交代」という実に簡明なキャッチフレーズで、子供手当や高速道路無料、農民への戸別補償など、ばらまき政策を散りばめたマニフェスト(政権公約)は見事に国民のハートをつかんだ。だが、鳩山政権発足から3ヵ月で民主党政治の無能、未熟さがボロボロと出てきた。いま国民は「こんなはずじゃなかった」と地団太踏んでいることであろう。

そこで自民党はどうすべきか。

実は、政治も選挙も要するに「人」だ。優秀な人材を以下に集め、有効に使うか。ここはやはり歴史に学ぶことだ。

戦後64年、保守合同で自民党が誕生してからも54年。この間に片山哲(社会党)、芦田均(民主党)、細川護煕・羽田孜(8党派連合)の3つの非自民連立政権ができたが、いずれも1年以内に倒れている。

鳩山政権は民主党が衆院で311議席と圧倒的過半数を取ったので、常識的には1年では倒れないだろう。しかし、この党は社会、民社、新進、日本新など8党派ぐらいの寄せ集めであり、前述したように、左派の労組・連合が唯一の支持組織である。それだけに崩壊は早いだろう。とりわけ“創造と破壊”を繰り返す小沢一郎が支配する政党だけに瓦解は必至と思う。

これに対し、8月総選挙で多くの人材を落選させた自民党は、実力者が少なくなった。この点が16年前の平成5年の敗北と決定的に違うところだ。

平成5年の時は過半数を割り、政権を失ったが、当選数223は、小沢一郎、武村正義ら50人が抜けたあとの数より1人増やしているのだ。2位社会党の70人を圧する比較第1党だ。ただ当時は中選挙区制で定数511だった。過半数(256)に33議席不足し、8党派連立の細川政権の誕生になったわけだ。

しかし、自民党には中曽根康弘、宮澤喜一、竹下登、宇野宗佑、海部俊樹の首相経験者をはじめ、河本敏夫、桜内義雄、二階堂進、田村元、山中貞則や、後に首相になる橋本龍太郎、小渕恵三、森善朗、小泉純一郎や、渡辺美智雄、石原慎太郎、綿貫民輔、野中広務ら、若手から中堅には衛藤征士郎、安倍普三らがいた。

実力派のそろった自民党は徹底的に細川政権を追い詰め、8ヵ月で倒し、次の羽田内閣は2ヵ月で“壊し屋”小沢によって空中分解。自民党は社会党党首の村山富市を首相に担いで1年足らずで与党に復帰した。

今回は比較第2党だ。衛藤征士郎副議長を誕生させたのが党として国会トップの座を占めたものの、全体として16年前に比べて重厚さと実力に欠ける。当選14回の森善朗が最高で、次いで加藤紘一、野田毅が13回、鳩山邦夫、保利耕輔が11回で、当選9回ながら参院1回(6年)の衛藤征士郎が11回にカウントされる。

10回には前首相の麻生太郎、現総裁の谷垣禎一、 古賀誠、高村正彦、与謝野馨、9回には幹事長の大島理森、伊吹文明、川崎二郎、二階俊博、額賀福志朗の派閥領袖クラスが並ぶ。8回以降では政調会長の石破茂はじめ、7回の石原伸晃、福田康夫、6回には安倍普三、小池百合子、野田聖子らがいる。このほか参院1回だが舛添要一は存在感がある。

このメンバーのほか、別掲(顔写真)の各氏には党再生・攻勢の先頭に立ってほしいし、郵政問題で離党した平沼赳夫には総理総裁候補として復党し、保守のリーダーの役割を果してほしいくらいだ。

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