衛藤征士郎の活動報告をしております。
過去の記事(2009年6月以前のトピックス記事)はこちらをご覧ください。
2010年12月アーカイブ
2010年12月28日 16:36 | コメント(0) | トラックバック(0)
続きを読む: 御用納め(12/28)
2010年12月24日 17:49 | コメント(0) | トラックバック(0)
わが国の「クリスマス・イヴ」のパーティの記録は、明治時代初期から残っているようです。明治8年(1875年)に、中村敬宇氏(同人社創立者)の自宅に日本国外の家族が集まって「クリスマス・イヴ」を祝ったのが始まりとのことです。
2010年12月22日 10:39 | コメント(0) | トラックバック(0)
12月21日(火)、「第128回Ealy Bird Seminar」を開催しました。
今回は、(財)日本総合研究所理事長の寺島実郎先生に「世界の構造転換と日本の進路」と題し、歴史の潮流から読み解く我が国の創生について、ご講演賜りました。
今月も多数のご参加心より御礼申し上げます。
2010年12月22日 09:23 | コメント(0) | トラックバック(0)
12月に入り超党派の「衆参統合一院制国会実現議連」各位による熱心な議論をいただき5回の議論を経て同議連は、12月21日「衆参を完全統合して一院制国会の創設」を総会において取りまとめました。
続きを読む: 一院制国会創設案(12/22)
2010年12月17日 15:55 | コメント(0) | トラックバック(0)
私は横路衆議院議長の強い思いを受け、近年目覚しい発展を続ける東南アジア諸国連合(ASEAN)の駐日大使閣下を衆院議長公邸にお招きして議長の思いを具現化するレセプションを開催しました。この日のレセプションには、ASEAN10カ国の大使閣下ご夫妻にお出かけを頂いたものです。
2010年12月17日 15:35 | コメント(0) | トラックバック(0)
12月13日 ウズベキスタン共和国最高会議 ソビロフ上院議長一行が衆院正副議長を表敬訪問いただきました。1991年のソ連邦崩壊によりウズベキスタン共和国は独立し、カリモフ大統領が一貫して政権の座にあり、07年に大統領再選も果たし7年の任期を務めています。政情も安定的に推移しておりソビロフ議長も経済の重視を発言の随所で強調されました。
続きを読む: ウズベキスタン共和国ソビロフ上院議長表敬(12/17)
2010年12月16日 13:55 | コメント(0) | トラックバック(0)
2010年12月15日 16:30 | コメント(0) | トラックバック(0)
2010年12月13日 10:57 | コメント(0) | トラックバック(0)
2010年12月10日 16:43 | コメント(0) | トラックバック(0)
11月25日 ムハメジャノフ カザフスタン共和国下院議長の表敬を受けました。
同国は、1991年の独立後、ナザルバエフ大統領のもと民主化・政治改革を進め07年5月の憲法改正で議会の権限強化も図られました。石油・天然ガス・ウラン等のエネルギー・鉱物資源に恵まれ2000年以降、平均経済成長率は約10%の急速な経済発展を遂げ、地域唯一の経済大国に成長しました。しかしソ連時代カザフスタン北東部セミパラチンスクで、1949年から40年間繰り返し行われた核実験の結果、周辺の多くの住民が健康被害を被りました。同国がこのような悲劇を踏まえ、「中央アジア非核地帯条約の締結(2009年3月)」を、セミパランチスク核実験場が閉鎖された8月29日を「核実験反対の国際の日」とする国連決議案を提出(2009年の第64回国連総会で採択)する等の努力を行ってきたことを私も高く評価するとともに、核廃絶に向けて今後とも両国で協力していかなければならないことは言うに及びません。
2010年12月 9日 17:48 | コメント(0) | トラックバック(0)
私は、9月23日に訪独時にティールゼ ドイツ連邦議会副議長閣下にお会いして会談を行っており、それから75日目にこうして再会できたことを大変嬉しく思っています。ティールゼ 副議長は、1998年ー2005年まで7年間連邦議会議長を務められ、05年からは副議長の職にあり正副両議長職は12年間にわたっておりドイツ連邦議会の重鎮である同氏の訪日は意義深いものです。
続きを読む: ティールゼ ドイツ連邦議会副議長と会談に臨む(12/9)
2010年12月 2日 17:03 | コメント(0) | トラックバック(0)
スイスチューリヒで行なわれているFIFA2018年、2022年の開催地決定投票は、最終プレゼンテーションに続き、日本時間今夜10時からいよいよ投票に入ります。最終プレゼンは、日本時間の昨夜からオーストラリア、韓国、カタール、米国の順番で進み、日本は立候補五カ国中最後に最終演説を行い、最新技術を駆使した「次世代W杯」をアピールし最先端技術でW杯に革命を起こせるとアピールしました。

